気まぐれ猫と、気まぐれな・・・

ブログタイトル変更しました。旧タイトルは「うちの猫たち・ドジョウたち」です。富山県産・福岡在住の主婦が、我が家の猫のこと、趣味のこと、 その他日々のよしなしごとを、とにかく気の赴くまま気まぐれに綴ります。

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お産を振り返る。(出産編)

赤子、すくすく成長しています。
最近は夜中のグズりが酷い・・・抱っこしてあやして、おしゃぶりくわえさせてようやく静かになります。
それをしないと平気で何時間もギャン泣きを続けます。
体が大きくなると、泣くエネルギーも大きくなるのかな?

忘れないうちに出産や入院中のことを書きたいけれど、そんな時間が取れない状態です。

でも、産後数日で気づいたこと、泣き方が変わりました。
最初は「あうぇうぇうぇうぇ」って舌を震わせながらないていたのが、最近はしなくなりました。
赤ちゃんの時間は大人と同じには流れていない、ずっとずっと早く流れているんだろうな。

【7月18日、出産】

深夜、日付が変わって18日。
実はこの日のために病院に持ち込んだものがありました。

まだ起きていた旦那に、「はい、お誕生日おめでとう」とプレゼント。
渡したのは2冊のスクラップブック。
1冊は我が家の愛すべき猫たちが我が家にやってきてからをまとめたスクラップアルバム。
こちらはおまけだったんですがね。

メインは旦那と出会ってからあちこち旅行に行ったときの写真をまとめたスクラップアルバム。
気づけば結婚してから何年にもなり、付き合っていたころの青い思い出(青いって歳でもないけどw)がどんどん色あせていく・・・。

どうせ、どんなにお金を使って旦那が欲しがるものを贈ったところで、もうすぐ生まれてくる命が旦那にとっては最高のプレゼントになるでしょう。ならば、“過去の想い出”を贈ろうと思い、春から準備していました。帰省してから写真を切っては貼りして仕上げたアルバム。喜んでもらえてよかった。

が・・・深夜にそんなラブラブな夫婦を演じていた幸せな数時間。

旦那が爆睡し高いびきで寝ているとき、遂に本陣痛が訪れたのです。
深夜2時40分ごろから、これまでの痛みとは比べ物にならない強い痛み。
深呼吸で耐えるのがやっとの痛み。
寝ている旦那を起こして、本陣痛が来たらしいことを伝え、ナースコールします!と言ったら、寝ぼけていた旦那、「うん、分かった」と返事して・・・

再度入眠。

ツカエネェ・・・(ーー゛)

ナースコールして助産師さんに来てもらって、子宮口もだいぶ開いてきているけど、ただ赤ちゃんの位置はまだ高い、と。
しかし昨日とは違って明らかに本格的な出産のときが訪れようとしていることは分かりました。
分娩監視装置でも定期的な強い張りが来ているのが確認出来ました。

それから動けるうちに分娩室へ。
「いよいよか・・・」というドキドキ感。
このころにはさすがに旦那も起きて、荷物持って一緒に分娩室へ移動。
私は、いつ破水するかも分からない状態のため車椅子で移動。
車椅子で運ばれたの、初めてだw

で、一旦分娩室に入って、痛みと格闘していたものの、
なんとそこへ、4人目出産というけい経産婦が破水して運ばれてくる、と!!
分娩室は通常分娩の1室と、オペ対応の1室の2部屋のみで、
オペ対応の分娩室のベッドは固くて妊婦さんに辛いので、なるべく自然分娩の妊婦さんには使わないようにしているとのこと。

お産の進み具合が一緒くらいだったらしいのですが、どうやら向こうのほうが早そうだということで、急きょ分娩台を降りて別室に移動することに。
回復室というおそらく分娩終えた妊婦さんが動けるようになるまで過ごすための部屋に移動させられました。
時間は早朝5、6時だったでしょうか。
このころから痛みはピーク。(まぁその後産むときの痛みはさらに痛かったけど)
分娩室から赤ちゃんの産声が聞こえてきました。

旦那と顔を見合わせて、「え、もう生まれたの?!」と。
経産婦さんのお産の進行は早いっていうけど、本当だったのね、と思いながら、しばらくして再度分娩室へ。

この段階でも実は陣痛の間隔がまばらだったため、陣痛促進剤を使うことに。

分娩体制が整う頃、子宮口は全開。
助産師さんには相変わらず、「どうしてこの程度の張りで子宮口が開くのか本当に謎。普通はみんな、強い陣痛がきてもなかなか子宮口が開かなくて、ひぃーひぃー言いながら必死に痛みを逃してるんだよ。ある意味幸せな妊婦さん」と言われていました^^;

確かに、この痛みを数十時間耐えるとか、私には無理だ。
安産祈願行っておいてよかった・・・とか痛みで朦朧としながらもなんとなく思っていました。

そしていきんでOKと指示が出て、ようやくいきめました。

お産の痛みって、狭いところを大きな赤ちゃんが通るから痛いんじゃなくて、
痛みが来ているときに、いきみたいのを我慢しなきゃならない、それが痛いんですね。

お腹が痛いとき、思わず息を止めてこらえることってないですか?そのほうが楽だったり。
しかし、赤ちゃんに酸素を送らねばならないため、どんなに痛くていきみ続けたくても「はい深呼吸!」と、中断しなきゃならないんですよ。それが辛いこと辛いこと。

分娩台のレバーを握る手はこれ以上ないくらい力が入り、
自然と背中が浮き上がっていきんで、自分でも聞いたことのないうめき声が漏れて・・・
パン!と何かがはじけて生暖かいものが太ももにかかる感触。
ようやく訪れた破水。
うまく呼吸もできずに酸素マスクを装着され、先生がやってきて・・・

立ち会った旦那が汗を拭いてくれたけど、「そこも拭いてほしいんだけど!」みたいなイライラがあって、もぅずっと目を閉じて、ひたすら痛みに集中してたっけ・・・。

股間に赤ちゃんの頭が降りてきて挟まっている感覚があるけど、
いきむのをやめて深呼吸すると、それがまたお腹に戻って行ってしまうのが何度か続き、その痛みが半端ない。

もぅいやだ!!

何度そう思ったか・・・

やがて何かが抜ける感覚。

「頭が出たよ!もう少し」

そして股間の違和感が完全になくなったとき、分娩室にそれまではいなかった生物の泣き声が響きました。


・・・が。

出産の感動なんて皆無。
助産師さんが、「自分の股間のほう見ててね」と言っていたのが、その出産の瞬間を見せるためだったようなんですが、
「出てくるところ、見えたかな?」と言われ、内心、
『そんなことのために無駄な体力使わせんじゃねぇーよっ!』と思うくらい、もぅ体に力が入らない。

入らないのに次の痛み。

『くっそぅ、これが胎盤出すときの最後の痛みか!』と冷静に状況判断している自分がいました。

どるぅんという感覚があって、先生が「よし、胎盤も出たからね」と教えてくれました。
この時点でようやく、子宮収縮の痛みが消えました。

後に残ったのはそのまま分娩台に沈み込みそうなくらいの疲労感。
腕なんてもぅ何も握れないんじゃないかってくらい力が入らない。

そのぐったり状態で、先生から言われた絶望的な言葉・・・
「じゃあ今から裂けたところ縫うから、麻酔かけるからちょっとチクっとするから我慢してね」

もぅ、痛いのヤだ・・・T0T

そして処置が終わったあと、カンガルーケア。
生まれたばかりの赤子が私のお腹に乗せられました。

たぶん、世のお母さんたちにとっては、やっとわが子と対面出来て、さらに肌と肌で触れあえる幸せな時間。

赤子を乗せられた私の感想・・・

「うわ、重い・・・」

これは口に出した言葉。
内心、

『こいつのために10か月苦しい思いをしたのか!』
『なんでせっかく出して軽くなったのにまたこんな重たい思いをしなきゃならんのだ』
『うわー、顔!可愛くねぇー・・・』

わが子を前にこんなことを思っていました。

母性スイッチ入る前の私はこんなんでした。

その後30分くらいでカンガルーケアはやめて(本当は2時間くらいする)、旦那に抱っこしていてもらいました。
その後病室に引き上げるとき、私・・・立てず。めまいとそのまま立っていたら吐いてしまいそうな感覚。
結局車椅子で病室へ。

出産当日は母子同室は諦め、カンガルーケアの後夕方まで生んだ赤子を見ることなく病室でゆっくり過ごしました。

旦那は新生児室に何度か足を運び、我が子を見ていたようです。
「ガッツ石松みたい」とか言っていました。
でも、隣のベッドに寝ていた赤ちゃんを「ゴリラが寝とった(笑)」と言っていました。
やっぱり我が子が一番可愛くみえるんでしょうな。
そのゴリラのパパ・ママは、きっとうちの赤子をみて「ガッツ石松がおる!」と思っていたに違いありません。

そんなこんなの出産物語。
まだ思ったこと、体験したこと、なんだかもっとここに書くべきことがたくさんあるような気がするけど、もぅこれ以上は言葉に表せない気もします。

まだまだ母になりきれない私だけど、そしてすでにいっぱいいっぱいになっているけど、少しでも今の時間を楽しみながら過ごしたい、そう思います。

| 育児 | 17:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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